サラ日記(雑記)

【鬼の目にも涙】私の退職送別会で上司が泣いていた件

退職送別会

先週は退職する私にとって、業務を従事する最後の週だった。そして送別会があり、とても感慨深い1週間だった。今からお話することはその送別会での出来事。
 *登場人物として「A課長」と「B係長」と呼びます。

  • 私を鬱手前まで追い込んだA課長が何一つ愚痴や悪いことを言わず笑顔で私を見送ってくれた
  • 毎日意見が合わず、私を敵(かたき)のように扱っていたB係長が泣いていた

そんなお話をします。

風通しの悪いチームでの送別会は最初は嫌だった

 実は私は人事上、兼務扱いであり、1つは6年前から在席しているシステム保守、問い合わせ対応、改修計画対応を担う部署で、このチームはとても風通しが良く、日々業務に追われながらも楽しくやっていました。

もう1つは1年半前から在席している、とある巨大なシステムの全面刷新プロジェクトチームであり、この部署がなかなか空気の悪い部署だった。

 このプロジェクトチームにはA課長とB係長がいて、性格は次のとおり。

A課長:自分の言いたいことだけ喋りきらないと絶対に満足しないタイプ

B係長:細かなところでも自分が納得しないとOKしないタイプで、しかもすぐキレる

私達部下達は多忙に追われ、毎日疲弊しきっていました。

 そんな中、私は家庭の都合とステップアップを目指し、会社を辞め、このプロジェクトを自ら途中で抜ける判断をしたので、送別会なんてしたら上司や周りから何を言われるかわからない。だから送別会はものすごく嫌だったので、ずっと開催は断っていた。しかし、B係長がやたらしつこく送別会をしようと言ってきたので、最後は私が折れて開催することになった。さてさて、どんな送別会になるのやら・・・

A課長は過去、私を鬱手前に追い込んだ張本人

実は今から7年前私が違う部署にいたとき、私をシステム開発屋のほうに引っ張ってくれたのは、何を隠そうこのA課長だ。そのことは本当に感謝しており、次の転職先の業務にも繋がっている。

しかし引っ張ってくれたのは良かったが、システム開発屋の業務に慣れるまでの間、このA課長には相当厳しく指導をもらったので、精神的に参ってしまい、一時精神科クリニック通いまで追い込まれた。

この時に一度会社を本気で辞めようかと考えたが、

らいし

まだ技術面が一人前に到達していない状態で途中で辞めても、ただ逃げているだけ

と考え、なんとか踏みとどまった。その後A課長が異動となり、精神的には楽になり、なんとか仕事を継続することができた。

 それから数年経ち、この「システム刷新プロジェクトチーム」が発足し、私がここに参加することになり、このプロジェクトチームの課長としてA課長と合流することになり、再会を果たした、という経緯である。

 初めてA課長と会ってからかなり時間が経っていて、私もそれなりに仕事ができるようになっていたので、このプロジェクトチームの業務としてA課長と会話する分には、あまりストレスにはならなかった。ただ相変わらず自分勝手な主張を繰り返して、皆を困らせていたので、辟易しながら過ごしていた。

予想を良い意味で裏切る素晴らしい送別会だった

 さて、そんな過去の経緯があった中、送別会が開催。送別会参加メンバーはチーム全員。1人も欠席することなく、普段から酒を飲まず、全く飲み会に参加しないタイプの先輩も参加してくれた。さて、上司からどんな文句や過去の不満をいわれるかと心配しながら、送別会は開始。

 するとどうだろう。

A課長は笑顔で何一つ、不満やネガティブな発言をせず、過去の楽しかった良い思い出話をしてくれた。

B係長も前向きな話だけで、逆に自分が昔在席していた部署でとても精神的に苦労した話などをしてくれた。

他のメンバーも笑顔で今までありがとうと言ってくれて、転職を成功したことを凄いと言ってくれた。

そして私がみんなに最後の挨拶をするタイミングが来た。嫌なことや苦労したことが思い出の9割を締めていたが、実際のところ、A課長やB係長にはここまで育ててくれた事実もあり、なんやかんやで感謝もしていた。

そして、メンバー全員、一人ひとりに感謝を伝えたところ、

あの厳しいB係長が涙していた。

私も思わず涙が出そうになり、堪えていた。堪えきれていなかったかもしれないが。A課長も笑顔で私の挨拶を最後まで聞いてくれた。

 送別会が終わり、ある先輩と駅まで2人で一緒に歩いていました。私はその先輩にこう言いました。

らいし

「B係長涙してくれていましたね。そんな優しい心があるなら普段から私に優しくしてくれたらいいのに。」

するとその先輩はこう言いました

先輩

「上司には親心があるんだよ。 だから普段は厳しくして、いざ旅経つと悲しくなるんだよ。A課長も一緒。」

 私が予想してた送別会とは全く違う感動的な送別会だった。開催して良かった。B係長、最初送別会を拒否してすいませんでした。